軌道交通自動運転技術の現状と今後の課題 Current Status and Futuer Challenges of Fully Automatic Train Operation Technology
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古関 隆章:東京大学大学院工学系研究科教授
軌道交通の分野は、大きく鉄道、路面電車、新交通の分野に分かれている。自動運転は路面電車とは技術関係が希薄である。一方、運転手の乗務を必要としないドライバレス自動列車運転は、1980年代に日本で新交通システムで産声を上げ、その後地下鉄を含む都市鉄道への展開が検討されるようになっている。
本稿では、これらの軌道交通に関して、自動運転という切り口で過去、現在、今後を展望してみたい。昨今、自動車の自動運転の実用化技術が多くの人々の関心を集めている。そこで、この自動車の自動運転との関係性や比較にも言及する。そして、令和3年初頭時点で見た軌道交通における自動運転の今後の課題、展望を記述する。
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和歌山電鐵貴志川線15年の歩み
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磯野 省吾:岡山電気軌道株式会社代表取締役専務
和歌山電鐵貴志川線は、和歌山市のJR和歌山駅と紀の川市貴志川町の貴志駅間を結ぶ14.3Kmの単線路線です。この路線は、2006(平成18)年4月1日に南海電気鉄道(株)から和歌山電鐵(両備グループの岡山電気軌道(株)の100%出資会社:岡山市)
が事業を引き継ぎ現在に至っています。事業開始から15年間、和歌山電鐵は両備グループの経営理念、ノウハウをもとに、行政の支援と地域社会の協力を得て、様々なアイデア(三毛猫のたま駅長やいちご電車等のイベント電車の導入、地域住民、自治体、沿線学校、企業等の
タイアップでのイベント等)により、「日本一心豊かなローカル線」を目指しています。その15年の歩みを紹介します。
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京都鉄道博物館の5年間の歩み
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三浦 英之 :公益財団法人交通文化振興財団専務理事(京都鉄道博物館館長)
京都鉄道博物館は、本年4月に開館5周年を迎える。本稿では、建設の経緯、博物館の概要を紹介するとともに、これまでの5年間の博物館運営の振り返りを記す。
併せて、「地域と歩む鉄道文化拠点」を基本コンセプトとして掲げる当館が、地域とどのようにかかわってきたのかについても述べることとする。
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[近代日本の技術の礎を築いた人々] 第2回 "日本の鉄道の父"と呼ばれた男 - 井上勝
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大山 達雄:政策研究大学院 名誉教授
前回は技術官僚と工学教育の元祖としての山尾庸三を紹介した。今回は”日本の鉄道の父”と呼ばれる井上勝について、彼が天保14年(1843)長州藩萩城下に生まれ、18歳の頃に
山尾庸三、伊藤博文、井上馨、遠藤謹助らの長州五傑と共に英国に密航して以来、日本の鉄道の父と呼ばれるに至るまでの経歴と業績とを、彼の生き方と仕事ぶりを中心に振り返ってみることにする。
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[鉄道施設探訪記] 第22回 蓄電池機関車が走った専用線を訪ねて
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小野田 滋:公益財団法人鉄道総合技術研究所情報管理部担当部長
鉄道にまつわるさまざまな施設を紹介するシリーズである。多くの鉄道施設は見慣れた風景の中にとけこみながら、さりげなく存在している。このシリーズでは、そうした日常風景に埋もれた「逸品」にスポットをあて、その「真価」を紹介している。ここに登場する鉄道施設は、誰でもが知る鉄道施設ではなく、
むしろ知る人ぞ知るような物件ばかりだが、このシリーズによって黙々と鉄道輸送を支え続けてきた鉄道施設の存在を再認識していただければ幸いである。
近年、エレクトロニクス技術の発展とともに、蓄電池を用いた電気自動車や鉄道車両が登場して話題となっているが、東京都北区にあった専用線の須賀線には、かつて2両の蓄電池機関車が使用され、田端機関区構内に充電所を設けて運用された。
1927(昭和2)年3月に2両が製造された10形機関車(のちAB10形→EB10形)は、国有鉄道に車籍があった車両で唯一の蓄電池機関車で、王子から延びていた須賀線と称する貨物専用線で使用された。今回は、この国鉄最初で最後の蓄電池機関車となった10形機関車と、須賀線の沿革などについて紹介してみたい。
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