鉄道を考える−問題の原点を求めて−
石川 達二郎著
石川達二郎著『鉄道を考える−問題の原点を求めて』が刊行された。これは、落ちついた緑色の装丁を施した全書版約180頁で、分厚くもなければハードカバーでもないが、重量感のある堂々とした本である。著者は、本書を編んだ理由を次のように述べている。
「戦後の荒廃の時期から国鉄内部に在って、その復興と鉄道輸送の最盛期を経験し、鉄道事業に携わること三十年、その後は外から鉄道を見つめ続け、この間に幾多の論述を展開する機会をえた。国民的な資産である全国鉄道網運営の実状と直面している事態について、広く国民の理解をえたいと考えたからである。それらはそのときどきに役割を果たし終えたものが多いが、中には世紀を越えてなお生き続けている(と思われる)言葉がある。新しい時代になっても鉄道が直面する問題の本質に変りはない。」
括弧書きで「思われる」と挿入しているのは、著者の謙遜に他ならないが、本書を一読すれば、「世紀を越えて生き続けている」問題が如何に多いかがわかる。著者の石川達二郎氏は、国鉄経理局長、常務理事・首都圏本部長などを歴任した後、財団法人運輸調査局理事長、財団法人交通統計研究所理事長などを勤めた鉄道のプロフェッショナルである。その経歴からもわかるように、著者は鉄道経営の実際と調査研究の双方に深くかかわってきた。運輸調査局、交通統計研究所はもとより、大学・大学院講師として若手研究者の指導にもあたられた。
さて、本書の編纂には、なかなか野心的な試みが盛り込まれているので、その点から紹介しよう。本書は、かつて発表された著書、論文、評論などの中から、その核心部分だけを抽出し再編集して編まれたものである。いわば、社会における鉄道の姿を背景にした思索のエッセンスであり、箴言(しんげん)集と呼ぶにふさわしい。
読者が本書を最初から順番に読み進むということは当然ありえようが、著者は必ずしもそういう読まれ方だけを想定してはいないように見受けられる。例えば、本書を手に取って無作為に開いたページが62ページであったとしよう。まず目に飛び込んでくるのは次の一文である。「輸送量が多く当然単位当たりコストが少なくなる幹線で、実際の輸送原価から遊離した高い運賃を設定すれば、利用者は、実際の原価は高くても余分の負担がないだけ、みかけは国鉄より安くなる他の運輸機関を選択するようになる。」−内部補助の限界−
読者は今日全く同じ問題が生じていることを容易に想起するであろう。そして、しばし考え込むのではないだろうか。さらに著者の指摘を確認するために、前後のページを繰ると、「内部補助とその限界」という題がつけられたその章には、「地方交通線が『赤字』になったことが問題の始まりではない。地方交通線が『赤字』なのは、いわば創始以来のことである。」「この(注、内部補助)システムは、一方で『本来鉄道特性を発揮し得る分野の営業基盤を弱体化させ』『事業運営の活性化を損なう』事態を巻き起こした。」−問題の多面性と一面的な論議−という文章にも遭遇する。
さらに著者は、それでは誰の負担で地方交通線を維持するのが社会的公正の見地から妥当なのかという問題提起をつづけていく。著者は本書において、読者自身が問題の所在をつかみ、その本質を考えていくきっかけを与えているのである。その点からいえば、本書はどこから読み始めてもいいし、「超」遅読であってかまわない。本書は鉄道を題材としてはいるが、その問題の指摘はおよそあらゆる事業経営に通じるものである。そこには、日本の経済社会を視野に入れつつ、いかにして国民に対する責任を全うしていくかという国鉄という組織で培われた経営者の視点がある。表面的で一面的にすぎる考え方が蔓延する現在にあって、物事の本質を捉えようとする本書の主張は、貴重な存在であるとともに、読む者に一種の安定感を与えている。
読者が自分でモノを考えながら読み進むために、簡潔な表現の文章の間にほどよい空きが配置されているのは親切なレイアウトである。活字のポイントが小さすぎないのもよい。62ページに限らず、たまたま開いたどのページもが知的刺激にあふれているが、ほかにはどのようなコンテンツがあるか、項目を示しておこう。1鉄道の特性、2 社会における鉄道の位置づけの変化、3 機能の構築、4 適正分野、5 地域と鉄道、6 公共的分野への国の対応、7 内部補助とその限界、8 私鉄並経営、9鉄道貨物輸送、10 区分経理、 11 原価計算、12 巨大経営の克服、13 電力と鉄道、14 資産と負債の形成、15 鉄道をめぐる固定観念、16 減量経営、17 JR体制と課題、 18 変化への対応、これらの本文に加えて、著作一覧が付いている。
本書は、鉄道はもとより事業経営全般にかかわったり、関心を持っている人のうち、自ら問題を考え実行する人達にとって、またとない思索の糧となろう。「問題の原点を求めて」という副題が、本書の特徴を端的に語っている。ご一読を是非お薦めしたい。
今城光英 いましろ・みつひで(大東文化大学教授)